遺産の分割協議で多めに遺産を渡す条件として守るようにされた事が守られなかった場合に、その遺産分割協議を解除することが可能なのかについての判例をご説明いたします。
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■判例の解説
遺産分割協議の解除の可否
判例の解説
さっそく判例の解説に入ります。
~最高裁判所 平成元年2月9日 第一小法廷 判決~
更正登記手続等請求事件についての裁判です。
~その内容を以下に物語にして説明します。~
登場人物や登場人物が考えた事等は、フィクションです。
今回の主人公は、田村貞子さん(以下貞子さんと記述します)です。
貞子さんの夫は、工場経営と貸家経営を営んでおりました。
子供にも恵まれて三男二女の五人の子供がいます。
男の子三人は、夫の経営する工場に勤めてくれて夫は嬉しそうでした。
そんな幸せな日も夫が他界することで少しずつ壊れていきました。
夫が亡くなった後、夫は遺言書を残さなかったので、貞子さんと五人の子供達は、遺産の分割を協議しました。
その結果、以下のようなに遺産を分割する事が決まりました。
●分割内容
・ |
貞子さん |
・・・ |
母屋の土地家屋と貸家 |
(概ね遺産の34%) |
・ |
長男 |
・・・ |
土地・工場の大半 |
(概ね遺産の40%) |
・ |
次男 |
・・・ |
土地・工場の一部 |
(概ね遺産の13%) |
・ |
三男 |
・・・ |
土地・工場の一部 |
(概ね遺産の13%) |
・ |
長女 |
・・・ |
無し |
|
・ |
次女 |
・・・ |
無し |
|
●分割条件
遺産を多めに長男のものとする為、以下の事を長男に約束させました。
1. |
次男・三男と仲良くする事。 |
2. |
貞子さんと同居する事。 |
3. |
貞子さんを扶養し、貞子さんの満足する方法で身の回りの世話をし穏やかな老後を送れる様に最善の努力をする事。 |
4. |
先祖の祭祀を継承して祭事を誠実に行なう事。 |
決められた内容で、遺産の分割は行なわれたのですが・・・
長男は、次々に分割条件を破ってしまいます。
1. |
次男・三男と事業をめぐって対立。 |
2. |
同居はしたものの険悪な中に。 |
3. |
貞子さんの食事の支度を拒否、健康保険を打ち切り、殴打する。 |
4. |
一切行なわないので、貞子さんが行ないました。 |
そこで、貞子さんと長男以外の子供達は、長男を訴える事になりました。
<貞子さんと長男以外の子供達の主張>
遺産分割の協議で決められた事を守らないのは、民法五四一条に規定された債務不履行に該当するはずなので遺産分割協議を解除する。
そこで、長男のものと登記された土地・工場を法定相続分の割合で登記しなおすべきだと主張しました。
@民法五四一条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる
<裁判の結果>
・遺産分割協議を解除することは出来ない!
皆さんはどう思われましたでしょうか?
約束した事を守らないのに酷いと思われたのではないでしょうか。
これは、解除した場合に第三者へ与える影響が大きいので遺産分割協議は法定解除(今回は、民法五四一条をもとにした解除)はできませんという事なのです。
少し分かりにくいので例を書きます。
長男が遺産として貰った土地を一部売ってしまっていた場合その土地を買った人は第三者です。
その状態で遺産分割協議が解除されてしまうと土地は長男のものでは無い事になります。
そうなりますと、土地を買った人は、何の権利も無い人から土地を買った事になって、土地の権利を失ってしまうのです。
そんな事が起きる可能性があるようですと誰も遺産分割協議で手に入れたような土地は買わなくなってしまうので影響が大きいという事です。
◆参考文献◆
有悲閣 家族法判例百選第7版 144、145頁
遺産分割後の負担不履行を理由とする解除(沖野眞巳)
~このケースでは、長男をどうしようもできないのか?~
このままでは、困りますよね。
この場合には、扶養料の請求や損害賠償請求、もし他の兄弟が扶養料を負担した場合には、扶養料の求償を行う事ができると考えられます。
~こうした事を防げないか?~
さて、そもそも、こうした事を事前に防いだほうが楽ですよね。
一番簡単な方法は、夫が遺言書でほとんどの財産(遺留分に注意)を妻である貞子さんに相続させると書く事だと思います。
その後、貞子さんは、自分の面倒をきちんと長男が見てくれたのでしたら大目に長男に相続させるように遺言書を書けば良いと思います。
遺産分割協議でも同じような内容にしたら良いのでは?と思われるかもしれませんが、遺産分割協議は、全員でのお話し合いになりますので、長男も納得しなければなりません。
ですので、遺言書に比べると難易度は高いと思います。